敬老の日に、母を温泉へ連れて行きました。本当は、少し遠くの温泉へ。そんな計画も立てていたのですが、直前でやめたのです。
- 親の足元がずっと気になる
- 慣れない施設での戸惑い
- 付き添う自分の体力も限界
- 喜ばせたいのに気が休まらない
「温泉に行きたーい」
いつも腰が痛いと言っている母の、その一言から始まった一日でした。「うん、行こうか。……でも、近場にしようね」。そう答えたのには、理由があります。
高齢の親と温泉に行くと、行く前には想像もしなかった場面に、いくつも出会います。段差の色が見えない階段。日本語の書かれていないトイレ。この記事では、母と何度も通ったからこそ分かった注意点を七つ、実体験からお伝えします。
高齢の親と温泉で起こる困りごと

温泉そのものは、親にとって大きな楽しみです。腰や膝の痛みがやわらぐと言って、喜んでくれる方も多いでしょう。ただ、実際に付き添ってみると、お湯につかるまでの道のりに、思いがけない壁がいくつもありました。危ないのは浴槽ではなく、そこにたどり着くまで。母と通ううちに、私はそう考えるようになったのです。まずは、起こりやすい困りごとから整理します。
段差の色が見えない階段
いちばん怖いのが、段差です。ただし、段差があること自体が問題なのではありません。段差が「あるように見えない」ことが、いちばん危ないのです。
母は白内障と緑内障で、目がよく見えません。グレー一色の階段は、母の目にはフラットな床に見えてしまうようでした。
濡れた床での転倒リスク
脱衣所も浴室も、床は濡れています。高齢の方は転倒による骨折が回復に時間のかかるけがにつながりやすいと言われており、足元への注意は欠かせません。
- 浴室の入口まわり
- 洗い場と浴槽のあいだ
- 脱衣所の出入り口
濡れているうえに、裸眼です。ふだん自宅で問題なく歩けている親でも、ここでは別の場所だと考えたほうがよさそうですね。
英字表記だけの最新設備
意外だったのが、設備の新しさです。きれいで清潔な施設ほど、操作が分かりにくいことがありました。
最新式のトイレに、「流す」という日本語が書かれていない。渦巻きのマークと、英字だけ。……いや、分かるわけ、ないじゃんね。そう思わず声が出ました。
脱衣所から浴場までの注意点

ここからは、具体的な注意点を順番に見ていきます。まずは、脱衣所を出てから湯船にたどり着くまでの区間です。この数十メートルが、実はいちばん気を張る場所でした。私が通っている施設は、脱衣所を出たらすぐ階段。母泣かせの階段でして、毎回ひやりとさせられます。何度も通ったからこそ分かった対策を、二つお伝えします。
注意点①段差の色を先に確認
施設に入ったら、親より先に、自分が動線を歩いてみてください。確認するのは段差の「有無」ではなく、段差の「見え方」です。
手すりの有無や段差の少なさをうたう施設は増えました。それでも、色のコントラストまで配慮された階段は、まだ多くありません。白い線が入っているかどうか。そこだけでも見ておくと、声のかけ方が変わります。
注意点②腕をとって声をかける
その日も、母はそのまま浴場へ行こうとしました。私はすかさず腕をつかんで、阻止。こういうのは、もう慣れたものです。
- ここ段差あるよと先に伝える
- 手すり側を親に譲る
- 先に立たず半歩後ろを歩く
付き添いのひと声だけで、安心感はぐっと増すと言われています。黙って支えるより、先に言葉にするほうが効きました。
トイレまでの往復も動線
見落としがちなのが、トイレへの行き来です。私の場合、トイレに行くたびにあの階段を上り下りしなければならず、そこでもずっと気を張っていました。
入浴中の一回だけではありません。到着から帰るまで、何往復するか。そこまで考えておくと、施設選びの目が変わってきます。
最新設備が親の壁になる理由
新しくて、きれいで、泉質もいい。それは本当にありがたいことです。でも母にとっては、「ちょっと残念だな」があちこちにちりばめられた時間でもあったのだろうと思います。バリアフリーという言葉は、どうしても手すりと段差の話になりがちです。けれど親が立ち止まるのは、もっと手前かもしれません。ここでは、設備まわりの注意点を二つ挙げます。
注意点③トイレの操作を一緒に確認
最新式のトイレは、ボタンがパネルにまとまっています。しかも表記が英字やアイコンだけということがあるのです。
親を待たせている数分のあいだに、自分が一度使ってみる。それだけで「流すのは右下のボタンだからね」と伝えられます。使い方を先に知っておくことが、いちばんの付き添いになりました。
注意点④ドライヤーを先に試す
ドライヤーも新しいのでしょう。でも、長押ししないとスタートしません。そんなこと、母が知る由もありませんよね。
- 長押しが必要なスイッチ
- センサー式の水栓
- タッチパネルのロッカー
どれも便利な仕組みです。ただ、初めて触る人にとっては、壊れているのか自分が間違えているのか、判断がつきません。
分かることも優しさという視点
最新の設備は、便利です。でも、その便利が、時に高齢の人にとっては壁になります。
段差をなくすことだけが、優しさじゃないのかもしれない。「分かること」も、立派な優しさなんだな。母と通うたびに、そう思うのです。
付き添う側の体調と日程の組み方
ここは、あまり語られない話かもしれません。親の心配ばかりしていますが、付き添う私たちも、決して若くはないのです。母も歳をとりました。でも、実は私もなんです。ちょうど今、母の介護と同じタイミングで、私自身の更年期も始まってしまいました。無理をして行った温泉ほど、後悔の残るものはありません。そのうえでの注意点を二つ。
注意点⑤遠出をしないと決める
あの日は、体がしんどくて思うように動けませんでした。だから、無理はしない。近場でいい。そう決めたのです。
結果として、車で三、四十分ほどの場所を選びました。遠くの名湯より、帰れる距離のほうが、ずっと大事だったと思います。
注意点⑥混雑する日を避ける工夫
連休でしたから、どこも混むだろうと予想がつきました。そこで、あえて少し料金の高い温泉施設を選んだのです。
- 料金が高めの施設を選ぶ
- 連休の初日や最終日をずらす
- 昼食前後の時間帯を外す
人が少ないことは、それだけで安全対策になります。ぶつかられる心配も、待たせる焦りも減りました。数百円の差で買えるものとしては、安いくらいでしょう。
自分の体調も予定に入れる
親の都合と天気は気にするのに、自分の体調だけは勘定に入れない。私も、長いことそうでした。
けれど付き添う人が倒れてしまえば、その日はおしまいです。予定を立てる段階で、自分の調子も一つの条件として数えておきたいですね。
日帰り温泉を楽しむ事前準備
最後の注意点は、滞在の組み立て方です。せっかく来たのだからと欲張ると、たいてい良いことがありません。帰りの車で親がぐったりしていた、という経験のある方もいらっしゃるでしょう。日帰り温泉は、宿泊と違って休憩の場所が限られます。だからこそ、着く前に決めておくことが効いてきます。持ち物とあわせて整理しておきます。
注意点⑦滞在時間を先に決める
お湯の温度は四十一度程度まで、入浴の前後には水分補給を、というのが一般に言われている目安です。ただ、実際に効いたのは「何時に出るか」を先に決めておくことでした。
親は気持ちよくなると、なかなか上がりません。出る時間を決めておけば、急かさずに声をかけられます。
あると助かる持ち物
- 飲み慣れた飲み物
- 滑りにくいサンダル
- 吸水性のよいタオル
- 常用しているお薬
- 眼鏡のケース
眼鏡は、浴場に持ち込めないことがほとんどです。預ける場所を決めておかないと、脱衣所で探しまわることになります。
帰りの予定は詰め込まない
その日は、お昼に行ったことのないお蕎麦屋さんにも寄れました。予定を一つだけにしておいたからこそ、寄り道ができたのだと思います。
温泉のあとに買い物、そのあと実家の片づけ。そこまで入れてしまうと、楽しかったはずの一日が、ただの疲れに変わってしまいます。
温泉のあとに残る小さな変化

ここまで注意点を並べてきました。読んでいて、大変そうだなと感じられたかもしれません。実際、あれこれ気を張った一日でした。それでも、行ってよかったと思っています。そしてこの「あと」の時間には、準備のヒントが隠れていました。プレ介護の時期にいる私たちにとって、温泉は親の今を知る機会でもあるのです。
湯上がりの一言で分かる体調
いつも腰が痛い母が、湯上がりに「少し、楽になったよ」と言ってくれました。……それだけで、もう、じゅうぶんでした。
どこがどう楽になったのか。逆に、どこが変わらないのか。ふだんは聞き出せないことが、このタイミングだと自然に出てきます。
会話から見える親の様子
お蕎麦を食べながらの会話にも、気づきがありました。何を覚えていて、何が抜けているのか。責めるためではなく、知るために聞いてみるのです。
- 着替えにかかる時間
- 階段での足の運び
- 新しい場所での戸惑い方
家の中では分からないことが、外に出ると見えてきます。温泉は、親の今を知るいちばん自然な機会なのかもしれません。
次の準備につながる気づき
今回できたことは、次も同じようにできるとは限りません。だからこそ、今回の様子を覚えておきたいと思いました。
次はもう少し近い場所にしよう。次は手すりのある施設を探そう。そうやって少しずつ形を変えていけば、長く続けられるはずです。
高齢の親と温泉のよくある質問
最後に、母と通うなかで私自身が迷ったこと、調べたことをまとめておきます。施設によって事情が違いますし、体調のことは個人差も大きい部分です。あくまで一つの経験としてお読みいただき、気になることはかかりつけの医師や施設に直接ご確認ください。ここでは、よく聞かれる五つにお答えします。
認知症の親でも日帰り温泉は可能か
症状の程度によります。私の母のように、声をかければ動ける段階であれば、付き添いつきで楽しめている方も多いようです。ただし目を離さないことが前提になりますし、進み具合によっては家族風呂のほうが安心でしょう。
付き添いは同性でないと難しいか
大浴場に入る場合は、同性でなければ付き添えません。息子さんがお母さまを連れて行くようなときは、貸切風呂や家族風呂のある施設を選ぶ方が多いと聞きます。
入浴は何分くらいが安全か
一般には、長湯を避けてこまめに休憩をとること、前後に水分をとることがすすめられています。時間の目安は体調や持病によって変わりますので、ご心配な場合は必ず主治医にご相談ください。
手すりの有無を事前に調べる方法
施設のホームページには載っていないことがほとんどです。いちばん確実なのは、電話で直接聞いてしまうこと。「高齢の母を連れて行きたいのですが」と伝えれば、たいてい丁寧に教えてくださいます。
家族風呂や貸切風呂を使うべきか
迷ったら、一度試してみる価値はあります。料金は上がりますが、人目を気にせず、自分のペースで入れるのは大きな安心です。大浴場が難しくなってきたと感じたときの、次の選択肢にもなります。
まとめ 分かることもひとつの優しさ
たいしたことは、してあげられませんでした。それでも母と温泉に行けること、一緒にお蕎麦を食べられること。そう思えば、なんでもないこんな一日が、実は何もかも贅沢なのかもしれませんね。
- ①段差の色を先に確認
- ②腕をとって声をかける
- ③トイレの操作を一緒に確認
- ④ドライヤーを先に試す
- ⑤遠出をしないと決める
- ⑥混雑する日を避ける工夫
- ⑦滞在時間を先に決める
七つと書きましたが、全部やらなくて大丈夫です。次に行くとき、どれか一つだけ試してみてください。それだけでも、親の表情は変わると思います。
そして、どうか無理はなさらないでください。付き添う私たちの体調も、立派な予定のうちです。近場でいい。短くていい。「また行こうね」と言える終わり方が、いちばんの成功だと思っています。
親の小さな変化が気になり始めた頃のことは、プレ介護と呼ばれる時期の話に書いています。よかったら、そちらも覗いてみてください。

