【親と連絡が取れない】心配の声かけが逆効果だった私の体験

心配して声をかけるほど親が鍵を閉めてしまう状況を伝えるアイキャッチ画像 親との向き合い方

母の「プンプン施錠物語」は、実は——今も、定期的に開催中です。

えぇ。解決していません。だから今日は、まだ途中の話を書きます。

こんな経験 ありませんか

  • 何度かけても出ない電話
  • 内側からかかった鍵
  • 警察を呼ぶべきか迷う時間
  • 心配するほど遠ざかる距離

……と、笑って書いていますが。正直に言うと、ぜんぜん軽い話ではないんです。でも、そう書かないと、やってられない。だから、ちょっとだけ笑いながら聞いてください。この記事では、十回を超えた施錠騒動のことと、その原因がもしかしたら私だったかもしれない、という気づきについて書きます。

もし、あなたの親御さんがまだここまでではないなら。今は、そっと備えておくのにちょうどいい時期かもしれません。この騒動を通して「先に知っていればよかった」と感じたことを、三つだけ挙げておきます。

  • 控えめな回数と言い方の声かけ
  • 合鍵と自分以外の連絡役
  • 地域包括支援センターの連絡先

どれも、この記事の中で私の体験とあわせてお話しします。

親と連絡が取れなくなる日

電話にも出ず鍵も開かない親との施錠騒動のバナー

ことの始まりは、母が家に鍵をかけて、閉じこもってしまうことでした。文字にすると、たったこれだけです。でも、実際にやられてみると、こんなに落ち着かないものかと思い知らされました。相手は自分の親で、同じ市内にいて、元気に歩いている。それなのに、安否が分からない。この妙な状況を、まずは説明させてください。

内側から施錠された実家

電話をしても、出ません。訪ねていっても、玄関は開きません。実は私、合鍵は預かっているんです。それでも開かないのは、内側からキーチェーンをかけられているからでした。

鍵は差さります。でも、チェーンの分しか開きません。その隙間から呼んでも、返事はないのです。無事なのか、具合が悪いのか。そこから先が、どうしても分かりませんでした。

携帯を持たない親との断絶

母は、携帯電話を持っていません。だから、家の電話に出てもらえなければ、連絡の手段がゼロになります。

  • 固定電話は鳴らしても出ない
  • 合鍵があってもチェーンで入れない
  • メッセージを送る手段もない

今の時代、ここまで完全に連絡がつかなくなることって、あるんだなあと思いました。

十回を超えた繰り返し

初めてそれをされたときは、三日間でした。そのあとは、二日間くらい。もう、十回は、やられています。

最初のころは、本当に気が気ではありませんでした。今は少し慣れました。とはいえ、慣れていいことではないのですけれど。

警察を呼ぶ手前の心細さ

連絡が取れない。でも、本当に危ないのかどうかは分からない。この「分からない」が、いちばんしんどいところでした。大ごとにしたくはない。でも、何かあってからでは遅い。その二つの間で、どうしていいか分からなくなります。同じところで固まっている方がいらっしゃるかもしれないので、私が何を考えたかを書いておきます。

勤め先に確認しようか迷う

最初に浮かんだのは、母の仕事先に電話することでした。ちゃんと勤めているか確かめれば、少なくとも無事は分かります。

でも、その電話をすることで、母の立場がどうなるか。そこまで考えると、受話器を持つ手が止まりました。

大ごとになりかける怖さ

じいちゃんに相談したこともあります。そうしたら「警察に」という話になりかけました。

その瞬間、心臓がひゅっとしました。大ごとになりそうで、怖かったのです。あとから思えば、じいちゃんの反応の方が、まっとうだったのかもしれません。

心臓がひゅっとする瞬間

ここで一つ、はっきり書いておきたいことがあります。

私の場合は、結果的に待っていて大丈夫でした。でも、それは母の状態を知っている人に相談したうえでの話です。ご自身の親御さんが、いつもと様子が違う。前はこんなことがなかった。そう感じたときは、迷わず確認してください。警察や自治体に連絡することは、大げさでも何でもありません。

包括支援センターで聞いた話

地域包括支援センターで聞いた静かに待つという選択のバナー

さすがにこれはおかしいと思って、地域包括支援センターの方に相談しました。高齢者のことなら何でも聞いてくれる、市区町村の窓口です。私はこのとき初めて利用したのですが、電話一本でつながりました。そこで聞いた話が、その後の私の受け止め方を、だいぶ変えてくれたのです。少し長くなりますが、書いておきます。

まだらボケという言葉

そこで初めて聞いたのが、「まだらボケ」という言葉でした。しっかりしているときと、そうでないときが、まだらにやってくる状態のことだそうです。

これは診断名ではなく、現場で使われている言い方だと受け取っています。母の症状については、何度も同じことを聞くのは不安のサインかもしれないの記事にも書きました。

静かに待ってという助言

そして、こう言われたのです。「とりあえず、そのまま連絡せず、静かに待ってあげて」と。

意外でした。もっと「すぐ確認を」と言われると思っていたからです。ただ、これはあくまで母の状況を聞いたうえでの、母に向けた助言でした。すべての方に当てはまる話ではありません。

からくりを知って緩んだ肩

そんなからくりがあったのね、と思いました。少しホッとしたのを覚えています。

  • 怒っているのには理由がある
  • 時間がたてば戻ってくる
  • 追いかけない方がいいこともある

知らないまま一人で抱えていたら、私はきっと、もっと焦って動いていたでしょう。相談してよかったと、心から思っています。

原因は私の声かけだったかも

ここからが、今日いちばん書きたかったことです。なぜ、母はプンプンして鍵を閉めてしまうのか。ずっと分かりませんでした。ところがあるとき、思い当たってしまったのです。もしかしたら、原因は私なんじゃないか、と。認めたくはなかったのですが、たぶん、そうなのだろうと思っています。

確認の声かけ運動の始まり

私は、母のことが心配で、「確認の声かけ運動」を始めてしまっていました。自分では、よいことをしているつもりだったのです。

母は、まだパートの仕事をしています。七十代も後半で、腰もずっと痛くて。それでも懸命に働いてくれていることが、ありがたくもあり、心配でもありました。

夕方と翌朝の二度の確認

夕方、直接声をかけて。次の日の朝も、電話で。「しっかりしてね」と。

今日が何曜日かも分からないのですから、かけずにはいられません。でも、言われる側になってみれば、どうでしょうか。一日に二度、同じことを念押しされるのです。

心配がプレッシャーに変わる時

心配から出た言葉のはずが、母には「またか」というプレッシャーになっていたのだと思います。そしてプライドを傷つけて、それで、プンプン、施錠。

言えば言うほど遠ざかる。この感覚については、親に何度も言うほど心が離れてしまう本当の理由にも書いています。何度も同じことを学んでいるのに、形を変えてまたやってしまうのですよね。

お互い必死なのにかみ合わない

ここで整理しておきたいのは、どちらかが悪いという話ではない、ということです。母は母で必死です。私は私で必死です。それなのに、どうしてもかみ合わない。この構図が見えてきたとき、少しだけ気持ちが軽くなりました。同じすれ違いの中にいる方に、届けばと思って書きます。

懸命に働く七十代の母

母の立場で考えてみます。七十代後半で、腰を痛めながら、まだ働いている。それは、できることを続けていたいからでしょう。

そこへ娘が来て、「しっかりしてね」と言う。せっかく頑張っているのに、できていない前提で話しかけられるわけです。

曜日が分からない不安

一方で、母自身も不安なのだと思います。今日が何曜日か分からない。その感覚は、本人がいちばん怖いはずです。

  • 間違えたくない気持ち
  • 気づかれたくない気持ち
  • それでも働き続けたい気持ち

その上から確認されたら、守りたくもなりますよね。鍵を閉めるというのは、守るための行動だったのかもしれません。

愛情同士のすれ違い

お互い、相手を思っているのです。母は母で、私は私で。それなのに、どうにもかみ合わない。

これは、愛情が足りないから起きているすれ違いではありません。むしろ、どちらも必死だからこそ、ぶつかってしまうのだと思います。

傷つくのは親だけではない

親だけでなく自分も傷ついていたことを伝えるバナー

ここまで、母がどう感じていたかを書いてきました。でも、もう一つ、書いておきたいことがあります。これは私自身が、ずいぶん後になって気づいたことです。介護や、その手前の時期の話をするとき、どうしても親を支える側の視点が抜け落ちます。抜け落ちさせているのは、たいてい自分自身なのですけれど。

完璧に接するという無理

毎回、母が怒らないように、完璧に接する。そんなの、無理ですよ。

ましてや親子なんて、近すぎる間柄です。他人なら流せることが、親子だと流せません。期待も、遠慮のなさも、全部こちらに返ってきます。

置き去りになる自分の気持ち

ふと、思ったことがあります。母も傷ついているんだろう。でも——同時に、私も傷ついているんだろうな、と。

鍵を閉められるたびに、拒まれた気持ちになっていました。その気持ちを、私はずっと見ないふりをしていたのです。

まず自分を大事にする難しさ

親を支えることが「主」になると、自分のことはつい置き去りになります。分かっているんですよ。「まず、自分を大事に」って。

分かっているのに、すぐ忘れます。自分を大事にするというのは、知識ではなく練習なのかもしれません。

鍵を閉める親のよくある質問

最後に、私が迷ったことや、相談して分かったことをまとめておきます。ただし、私は専門家ではありません。状況はご家庭によって本当にさまざまですし、同じ行動でも背景が違えば答えも変わります。ここに書くのは一人の体験として読んでいただき、判断に迷うことは必ず専門の窓口にご相談ください。

連絡が取れない時に警察を呼ぶべきか

迷ったら、呼んでいいと思います。私は結果的に待ちましたが、それは事前に相談したうえでのことでした。いつもと様子が違う、持病がある、こんなことは今までなかった。一つでも当てはまるなら、確認を優先してください。何もなければ、それがいちばんいいのですから。

まだらボケとは何か

しっかりしているときと、そうでないときが、まだらに現れる状態のことだと教わりました。私は包括支援センターの方からこの言葉を聞きましたが、医学的な診断名として説明を受けたわけではありません。正確なことは、お医者さんに確認していただくのが確実です。

どこに相談すればよいか

私は地域包括支援センターに電話しました。お住まいの市区町村にある窓口で、高齢のご家族のことなら何でも聞いてくれます。介護保険を使っていなくても大丈夫でしたし、費用もかかりませんでした。

声かけはやめた方がよいのか

やめるというより、回数と言い方を変えてみるのがよさそうです。私は一日二度の念押しをしていました。今は、様子を聞くだけにして、「しっかりしてね」は言わないようにしています。まだ試している途中です。

携帯を持たない親への備えは

私は合鍵を預かっています。それでも、内側からキーチェーンをかけられると入れませんでした。鍵さえあれば安心、というわけでもないのですね。携帯を持ってもらうのがいちばんですが、本人が嫌がることも多いようです。ひとつ思いついたのは、私以外の人から連絡してもらうことでした。娘の私だから出なかっただけで、別の方の電話なら、母は応答したかもしれません。今度、誰かに頼んでみようと思っています。

まとめ 次は先生に聞いてみる

解決していない話を、最後まで読んでいただいてありがとうございます。それでも一つだけ、決めたことがあります。次の内科の受診のとき、思い切って先生に聞いてみようと思っています。この「プンプン施錠物語」のことを、どう向き合えばいいのかを。

今日お伝えしたかったこと

  • 連絡が取れない時は無理せず相談
  • 様子が違うなら確認を優先
  • 心配の声かけが逆に響くこともある
  • すれ違いはお互い必死な証拠
  • 傷ついているのは親だけではない

一人で抱えて、母にも自分にも傷をつけ続けるより。ちゃんと、プロに聞いてみよう、と思ったのです。

もし今、親御さんとの関係で「心配なのに、なぜかかみ合わない」と困っている方がいたら。それはきっと、あなたが悪いわけでも、親御さんが悪いわけでもありません。ただ、お互いに必死なだけなのかもしれません。

そして、どうか。親御さんのことと同じくらい、あなた自身のことも大事にしてあげてくださいね。

……まぁ、そう言う私も、次のプンプン開催を、ビクビク待っているんですけどね。

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