今日は、母と私の、ちょっと不思議な「お金」のはなしを聞いてください。
母は今、いくつもの病院に通っています。その送り迎えは、私の役目です。そのやりとりの中で、どうにも腑に落ちないことがあるのです。
- 使ってくれないタクシー代
- 送迎のたびに渡されるお金
- 逆になっているお金の流れ
自分のためにはお金を使えないのに、娘のためには出そうとする。この食い違いの奥にあったものについて、書いてみます。同じようにモヤモヤしている方がいたら、参考になればうれしいです。
通院の送り迎えという日常

母の通院に付き添うようになったのは、引っ越しがきっかけでした。今では生活の一部になっていますが、仕事をしながらの送迎は、それなりに気を遣うものです。まずは、今の状況から書いておきます。
引っ越しで変わった役目
母は今、いくつもの病院に通っています。引っ越しをしてから、その通院の送り迎えは、私の役目になりました。
住まいが変われば、通う病院も、移動の手段も変わります。引っ越しで変わるのは住所だけではないと、身をもって知りました。
昼休みを使う送迎
たいていは、会社の昼休みを使っています。時間が限られているぶん、段取りは自然と慎重になりました。
仕事を続けながらの送迎は、時間よりも気持ちの余裕を削られます。
職場への気づかい
なるべく職場に迷惑がかからないように、あちこち気を張りながら送迎しています。
この「気を張っている状態」が続くこと自体が、じわじわと効いてくるのだと思います。
使ってもらえないタクシー代
そんな中で、どうしても腑に落ちないことがあります。母に楽をしてほしくて渡しているものが、そのまま戻ってくるのです。こちらの都合もあるので、余計にもどかしくなります。
行きだけ送る日の事情
私の仕事の都合で、行きだけ送って、帰りは一人で帰ってもらう日があります。
どうしても抜けられない日はあります。そんな日のための備えとして考えていました。
渡そうとするタクシー代
そんなとき、私は母に「帰りはタクシー使ってね」と、お金を渡そうとします。
これは、母に楽をしてほしいからでもあるし、正直、私も助かるからなのです。母が無理なく帰ってくれたら、それがいちばん。だから「もう、お願いだから使って」という気持ちで、お金を差し出します。
使わずに帰ってくる母
でも、母は使わないのです。せっかく渡したタクシー代を、使ってくれません。
心配して渡したものが手つかずで戻ってくると、どう言えばいいのか分からなくなります。
送迎するとお金をくれる母

不思議なのは、ここからです。使わないだけならまだしも、逆の場面ではあっさりお金が出てきます。この落差に、私はいつも面食らってしまうのです。
ガソリン代のつもり
私が行きも帰りも送迎した日には、決まって母は私にお金を渡してきます。
ガソリン代のつもりなのかもしれません。いろんな意味があるのかもしれません。
心の中の叫び
でも、私は心の中で叫ぶわけです。「タクシーじゃないっつーの!!」と。
そこでお金を出すなら、どうか、タクシー代のときに素直に使ってくれ——と(笑)。
逆になっている優しさ
自分のためには、お金を使えない。でも、娘のためには、お金を出そうとする。
なんだか、逆なんですよね。同じお金なのに、使う相手によって、こんなにも出方が違うのです。
その奥にある母の気持ち
腹を立てていた時期もありましたが、少し考えてみて、見え方が変わりました。母の行動には、母なりの理由があったのだと思います。ここからは、私なりに気づいたことを書いておきます。
迷惑をかけているという思い
母はきっと、「娘に迷惑をかけている」と思っているのでしょう。
送迎のたびに私が仕事を調整していることも、たぶん分かっています。分かっているからこそ、何かを返そうとするのだと思います。
暮らしの中で身についた倹約
母は、決して裕福な暮らしをしてきたわけではありません。だからこそ身についた倹約の心があります。
その倹約が、自分のためではなく「せめて娘には」という、ちょっとズレた方向で出てしまうのかもしれません。
精一杯のありがとうとごめんね
つまり、これはケチなんかじゃないのです。母なりの、精一杯の「ありがとう」であり、「ごめんね」なのでしょう。
そう思うと、「タクシーじゃないっつーの!」と笑いながらも、ちょっとだけ胸の奥がきゅっとなります。
かみ合わない親子の愛情
気づいてしまえば、これは対立ではありませんでした。どちらも相手を思っているのに、その形が違うだけだったのです。とはいえ、かみ合わないものはかみ合いません。
私がしてほしいこと
私がしてあげたいのは、お金のやりとりではありません。ただ、母に無理をしてほしくないだけです。
楽をしてほしい。それだけなのですが、伝わりきらないものですね。
母がしたいこと
母がしたいのは、娘に負担をかけたくない、という気遣いです。
- 迷惑をかけたくない気持ち
- 何かを返したい思い
- 自分には使わない習慣
どれも、母の中では筋が通っています。私から見ると逆に見えるだけなのでしょう。
すれ違う思いやり
どちらも、相手を思っている。それなのに、どうにもかみ合わない。
親子って、こういうところがあるのかもしれません。
親のお金の使い方でよくある質問
同じような場面で迷いやすいことを、質問の形でまとめました。私の経験からの答えなので、ひとつの参考として読んでいただければと思います。
親がタクシー代を使ってくれないときは
無理に使わせようとするより、タクシー会社の連絡先を渡しておくなど、使いやすくしておくほうが現実的だと感じています。
親からお金を渡されたら受け取るべきか
受け取る形でも構わないと思います。断り続けると、かえって気を遣わせてしまうことがあります。
親が自分のためにお金を使わないのはなぜか
長年の倹約が習慣になっている場合が多いようです。もったいないという気持ちは、簡単には変わりません。
通院の送迎は家族がすべきか
家族でなければいけない決まりはありません。仕事との両立が難しいときは、ほかの手段を検討してよいと思います。
送迎が負担になってきたときは
お住まいの地域にある「地域包括支援センター」で相談できます。移動の支援について教えてもらえることもあります。
まとめ 不器用な愛情のかたち
使ってほしいタクシー代は使われず、受け取るつもりのないお金は渡される。ちぐはぐに見えるやりとりの奥には、母なりの気持ちがありました。
- 迷惑をかけたくない親心
- 習慣として残る倹約
- かみ合わない親子の思いやり
- 相談先は地域包括支援センター
もし、同じように「親のお金の使い方がなんだかちぐはぐで、モヤモヤする」という方がいたら。それはたぶん、あなたの親御さんなりの、不器用な愛情なのかもしれませんよ。
まぁ、それはそれとして。お母さん、今度こそ、タクシー代は素直に使ってくださいね(笑)。
この送迎が始まったきっかけについては、高齢の母が新しい住まいに慣れるまでの半年に書いています。よかったら、そちらも覗いてみてください。

