【物忘れの親への接し方】念押しするほど心が離れる理由

「何度も言うほど心は離れていく」と書かれたプレ介護のアイキャッチ画像 親との向き合い方

母が少しずつ、日付を忘れるようになりました。仕事の休みの日を間違えて出勤してしまったり、休みだと思ってのんびりしていたら、本当は仕事の日で職場から電話がかかってきたり。そんな話を聞くたびに、私の心はざわついていました。

だから私は、忘れないように何度も伝えました。念押しの電話もしました。よかれと思って続けたことでした。けれどある夜、母の家の鍵は内側からかけられていたのです。

  • 日付を間違える親への不安
  • 何度も繰り返す念押し
  • 突然の拒否と沈黙

この記事では、私が母に拒まれた出来事と、あとから分かった理由をお話しします。同じように毎日連絡を取り続けている方に、少しでも届けばうれしいです。

親が日付を忘れ始めた頃

最初の変化は、日付の間違いでした。認知症という言葉が頭をよぎるほどではなく、「疲れているのかな」と思う程度のこと。それでも積み重なると、だんだん見過ごせなくなっていきます。ここでは、当時の母の様子と、そのとき私が感じていたことを書いておきます。同じ入口に立っている方もいるかもしれません。

休みの日を間違える母

母は、仕事の休みの日を間違えるようになりました。休みではない日に休んでしまったり、その逆もありました。

働いている親の場合、こうした間違いはすぐ表に出ます。家の中だけで完結しないぶん、気づきやすいとも言えるでしょう。

職場からかかってくる電話

休みだと思ってのんびりしていたら、本当は仕事の日で、職場から電話がかかってくる。そんなことが起きるようになりました。

本人はけろりとしています。けれど、話を聞いた私のほうが落ち着かなくなっていきました。

ざわつく胸の内

そんな話を聞くたびに、私の心はざわついていました。何が起きているのか分からない。でも、何か起き始めている気がする。

この時期の不安は、うまく言葉にできません。だからこそ、私は「行動」で埋めようとしてしまったのだと思います。

毎日の念押しが招いたこと

夜、閉まった玄関の前にひとりで立つ女性の後ろ姿

心配のあまり、私はほぼ毎日母のところへ顔を出すようになりました。そして、忘れないようにと繰り返し伝えました。あのときの私は、それが正しいことだと信じて疑いませんでした。けれど結果として、母との距離は縮まるどころか、思いもよらない形で開いていくことになります。

心配で毎日通う日々

当時の私は、ほぼ毎日、母のところに顔を出していました。心配で、心配で。「なんだか、不安だな」という気持ちが、ずっと胸にありました。

仕事を終えてから向かうので、決して楽ではありません。それでも、行かないと落ち着かなかったのです。

忘れないようにという一心

忘れないように、何度も繰り返し伝えました。次の日も、念押しの電話をして。忘れないように、忘れないようにと、連絡し続けたのです。

  • 訪問時の念押し
  • 翌日の確認電話
  • 同じ内容の繰り返し

今思えば、母の立場からすればどう聞こえていたのか。そこまで想像する余裕は、当時の私にはありませんでした。

内側からかけられた鍵

そんな、ある夜のことでした。いつものように様子を見に母の家へ行くと、内側から鍵がかけられていて、中に入れないようにされていたのです。

何が起きたのか、まったく分かりませんでした。玄関の前で立ち尽くしたときの感覚は、今でもはっきり覚えています。

三日間つながらなかった日々

画面の消えたスマートフォンを手に持ち見つめている手元

その夜から、連絡が取れなくなりました。電話をしても出ない。家に行っても入れない。何をどうすればいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていきます。この出来事は一度きりではなく、そのあとも定期的に繰り返されました。ここでは、その数日間の流れを書いておきます。

電話に出ない母

次の日、電話をしても出ませんでした。呼び出し音だけが続きます。

無事なのか、そうでないのか。それすら分からない時間は、思っていた以上にこたえました。

祖父に頼んだ連絡

その翌日、祖父のところへ行って事情を話し、祖父からも電話をかけてもらいました。それでも反応はありません。

いちばん最初のときは、三日ほど連絡が取れませんでした。何があったのか、まったく意味が分からなくて。ただ待つしかない状態でした。

繰り返された出来事

しかも、それが一度きりではありませんでした。定期的に、何度も起きたのです。

どうしてそんなことをするのか。当時の私には、どうしても理解できませんでした。理由が分からないまま同じことが起きると、こちらの気持ちもすり減っていきます。

あとから分かった母の事情

理由が見えてきたのは、ずいぶんあとになってからでした。分かってしまえば、母の行動には母なりの筋が通っていたのだと思えます。当時の私に足りなかったのは、情報でも努力でもなく、母の側から物事を見る視点でした。ここでは、その気づきを書いておきます。

まだらに現れる記憶

母は、軽い認知症でした。人によるそうですが、母の場合は記憶が「まだら」だったのです。

しっかりしている時と、忘れやすく覚えにくい時が、交互に出てきます。それは見た目だけでは、判断がとても難しいものでした。

しっかりしている時の母

おそらく私が何度も念押しをしていたのは、母が「しっかりしていた時」だったのでしょう。

こちらは忘れている前提で話しかけます。けれど、そのとき母はちゃんと分かっている。この食い違いが、すれ違いを生んでいたのだと思います。

傷ついていたプライド

しっかりしている母からすれば、同じことを何度も何度も言われて——きっと、プライドが傷ついていたのだと思います。

鍵をかけたのは、私を拒絶したかったからではなかったのかもしれません。これ以上、そう扱われたくなかった。そう考えると、少しだけ腑に落ちました。

通う頻度を変えて気づいたこと

それを知ってから、私は毎日行くのをやめました。心配だから通う、という形そのものを見直したのです。減らすことに罪悪感がなかったわけではありません。それでも、距離を変えてみて分かったこともありました。

一日おきという距離

一日おきにしたり、忙しい時は無理をせず、電話だけで済ませたりするようにしました。

  • 訪問は一日おき
  • 忙しい日は電話のみ
  • 念押しは一度だけ

間隔をあけると、こちらの気持ちにも余裕が生まれます。余裕があると、口調もやわらかくなりました。

電話だけで済ませる日

毎日顔を見ないと不安、という思い込みが自分の中にありました。けれど電話だけの日をつくってみると、それでも大丈夫な日があると分かってきます。

大事なのは回数ではなく、相手がどう受け取るか。そのことに、ようやく気づけた気がします。

今も残る迷い

とはいえ、割り切れたわけではありません。一人じゃ寂しいかな、とか。いろいろ考えてしまうのです。

この「母プンプン問題」も、どっかに行ってくれたらいいのになぁ、なんて思いつつ。まぁ、そう簡単にはいかないのですけれど。

親への念押しでよくある質問

同じような場面で迷いやすいことを、質問の形でまとめました。私自身の経験からの答えなので、ひとつの参考として読んでいただければと思います。

忘れる親に何度も言うべきか

繰り返すほど伝わるとは限りません。相手がしっかりしている時に何度も言われると、かえって関係がこじれることがあります。

毎日通ったほうがよいのか

頻度よりも、続けられるかどうかが大切だと感じています。無理をした通い方は、こちらの余裕を奪ってしまいます。

親に拒まれたときどうすればよいのか

私の場合は、いったん引いて時間をおきました。安否が心配なときは、親族や近所の方に協力してもらう方法もあります。

記憶がまだらとはどういう状態か

しっかりしている時と、忘れやすい時が入れ替わる状態のことです。見た目では分かりにくいので、気になる場合は医師に相談してください。

どこに相談すればよいのか

お住まいの地域にある「地域包括支援センター」で相談できます。まだ介護が始まっていない段階でも大丈夫です。

まとめ 念押しより大切なもの

心配だから、何度も言う。よかれと思ってしたことが、相手のプライドを傷つけてしまうことがあります。私はそれに気づくまで、ずいぶん時間がかかりました。

  • まだらに現れる記憶
  • 念押しが招いた拒否
  • 頻度より続けられる距離
  • 相談先は地域包括支援センター

もし今、同じように毎日連絡を取り続けている方がいたら、少しだけ立ち止まってみてください。相手が「分かっている時」かもしれません。

このブログでは、介護と呼ぶには早い時期の出来事を、少しずつ書いていきます。よかったら、また覗きにきてください。

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